2009/9/30 緊急! 新型インフルエンザ対策!!

「新型インフルエンザ・パンデミック対策セミナー」 を、開催させていただきます。

主催は、福井県保険代理業協同組合 (略称FIAC)
福井県中小企業団体中央会様と、福井新聞社様にご後援いただいております。



このセミナーは、昨年11月にFIAC主催で行ったセミナーをよりグレードアップして、緊急対策として開催させていただくものです。実は、9月の始めにメンバーの中から、「昨年11月の1回目は、やや時期尚早な感があった。ただ、今の状況を見る時、前年開催した者の使命として、もう一度行う必要があるのではないか。」 という強い意見が出て、それならばと急遽計画を始め、10月13日実施という線に漕ぎつけました。

緊急性を考慮して、あえてこの様な急な設営をいたしましたが、大変幸運なことに福井大学医学部教授の定清直先生にもご講演いただける運びとなり、より厚みを増した内容で開催出来ることとなりました。定先生からは学術的な見地からのお話を、インターリスク総研の中原純一郎様には実際の例を交えた対策のお話をいただく予定です。主催者側として自信を持ってお勧めできる内容でございます。

今巷には、各種の情報が飛び交っております。しかし報道に踊らされることなく、実際に自分たちで知識を習得し、早め早めの対策を打っていくことで、職場にもご家庭にも、沈着冷静な判断の出来る基盤が整うものと期待しております。なお、今回のセミナーは、FIACの社会貢献事業として参加費無料でございます。急なご案内ではありますが、一人でも多くの方にご参集いただきたく思っております。よろしくお願いいたします。

詳しくは、「新型インフルエンザ・パンデミック対策セミナー」 をクリックしてご確認下さい。

なお、お問い合わせは、水上もしくはFIAC事務局へお気軽にどうぞ。

水上事務所   メール 電話 0120−21−5329 (ほ・ねっと内)
FIAC事務局  メール 電話 0776−57−0135 (担当 竹澤・岩佐)

みこしと歓迎会!!

2日目は町内のみこしと、娘の部活の大会が重なり、私達がどこか連れてやることもできず・・・悲しい
シェリーは、娘の大会の観戦について行くことになりました。

私達夫婦と下の娘は、おみこしの集合場所へ・・・汗



子供の人数も、年々増え、しかも広い町内なので、一通りまわると3時間近くかかります。

近頃の子供たちは・・・・
(オバタリアンな意見ですみません。)、
声を出したりするのも恥ずかしがったり、だるい〜!って感じでしらけていたりで・・・
(子供らしいはつらつとした姿がないぞ〜!!ぶー

大人たちは盛り上げるのに大変です。
(注意したり、声をかけたりする大人も決まっていますが・・・
  私は当然うざいおばさんの方で・・・たらーっ

なんとか、無事みこしも終わり、シェリーの歓迎会準備です!!
友達のお母さんも手伝いにきてくれて、
なんとか準備完了!!拍手



歓迎会の中で、大阪弁を教えようと
「なんでやねん!」のつっこみを披露したのですが・・・
思いっきりすべって・・・冷や汗
しかも、意味を聞かれて、説明するのが難しく・・・
パパにも娘にも、
「いらんこと教えて!怒り
と、怒られ・・・(T_T)

それでも、パパが一生懸命英語で説明してくれ、なんとなく理解???
って、
(どんだけ、すごい意味を持つ言葉やねん!)っておちでした(笑)

しか〜し!!びっくり
このパーティーの中で、
英語と少しばかり中国語がしゃべれるパパの株はぐんぐん上がり・・・・
わが家ではあまり聞き慣れない??

「パパ、すご〜い!!」の言葉が連発で・・・

当然、超ご機嫌のパパ楽しい(笑)

次の日も、娘たちは大会でシェリーは学校からの観光ということで
早めに切り上げ終〜了・・・

朝から、がんばり続けたのに、ちっとも株が上がらないママの二日目も
何とか無事終〜了!!ポロリ

でも・・・
「ママ疲れた??」とシェリー・・・
「大丈夫大丈夫!!チョキ」ママ・・・

かわいい娘がまた一人増えた!!ラブラブ

(心配してくれて、ありがと・・・シェリーラブ
 そのひと言で、また明日もがんばれるグッド


2009/9/29 今日は・・・

仕事が立て込んでいる上に、組合活動や他の会の用事なんかも次々と出てきて、しかも月末で・・・、結構忙しい毎日なんです。僕は今 「あー、忙し」 が口癖になっていて、あっちでバタバタ、こっちでバタバタしています。

あんまり 「忙しい」 って言うもんで、とうとうかよさんに怒られてしまいました。

「忙しいのは、彼方だけじゃなーい。」
「そもそも、いつもいつも長ーいブログ書いてるから、時間が無いんでしょうが。」
「そんな長いブログを書くヒマがあったら、その間に仕事すればいいでしょ。」
「もしどうしても長いブログを書きたいんだったら、黙ってやんなさい。」

実にご尤もなご意見でございます。
確かに、最近このブログを書くのに結構な時間を費やしています。

というわけで、書きたいことは一杯有りますが、今日だけはこの辺でやめにしときます。そして明日はこれ見よがしに 「ブログも書けないほど忙しい」 って、叫ぼうと思います。

僕は、今日のこの戦略を 「苦肉の策」 って名付けました。
何せ今日は、9月29日ですから・・・。
皆さん、どうでしょう。

お休みなさい。また明日。

2009/9/28 お彼岸と言えば・・・

シルバーウィークの反動か、先週末の土日は比較的人の動きも少なかったように思いますが、皆さんはいかがお過ごしだったでしょうか。

さて、そのシルバーウィーク中にあったのがお彼岸で、そのお彼岸の頃に咲くのが彼岸花、と連なっていくわけですが、僕にはこの彼岸花に関してちょっとした自慢話・・・のようなものがあるんす。今日はそれをご披露させていただこうと思います、エッヘン。

高校時代、2年3年の国語は女性のT先生に習いました。このT先生、まさに才色兼備。姿美しく、朗読の声も凛として気品に溢れ、教え方も上手、男子のみならず女子にも大変人気があって、T先生に憧れて国語教師を目指すと公言する生徒が毎年続出するくらいの方だったんです。

そのT先生が、2年生の10月ぐらいの授業で、俳句を作ってくるという宿題を出されました。僕は確か3作品作ったと思うんですが、1つだけは僕らしく、

        曼珠沙華  僕の美貌を  彼岸花

っていうのにしたんです。ちょうど国語の授業で、曼珠沙華 (まんじゅしゃげ) =彼岸花だと知った直後だったんで、タイムリーかななんて感じでね。

実に不思議なんですが、これがT先生の真ん中ストライクだったんです???

授業で紹介され、他のクラスでも話題にされ、何かに出品し、次の年の授業でも 「先輩にこんな俳句を作った人がいる」 っていう感じで例に出す・・・。作った本人が100%ふざけているのに、あのT先生が誉めるもんで、僕自身戸惑ってしまう感じだったんです。

ここ数年、何度か高校の同窓会が開催されて、その席で何十年ぶりに会う同級生の女子からも、「水上君といえば曼珠沙華やね」 なんて言われるくらいですから、この話、ちょっと自慢してもいいですよね・・・。

でも、本当に不思議です。一体どこが良いの? 

 赤が目に沁みます

実は高校の今年の同窓会総会に、総会担当学年(昭和57年3月卒生)のクラス担任のお一人というお立場で、そのT先生がお見えになりました。この作品を世に出して以来32年 (んな、大袈裟な) 、卒業以来30年ぶりに、僕はT先生のお顔を拝見しました。昔のままの美しさでとても嬉しかったですね。

で当然、長年の僕の疑問を解消する千載一遇のチャンス!! って続くと思うでしょ。

でもね、ダメなんですね。ビビってしまって側に行けないんです。

当時から人気のT先生ですから、周りにはずーっと人集りが出来ていたというのもありますが、元来内気な僕は、遠目に見ているだけで何も出来なかったんです。僕は、まるで一輪の曼珠沙華のように、離れてたたずんでいただけでした。 (本当は、後ろの方の席で同級生仲間と飲んで騒いでたんですけど)

でも、いつか機会があれば、何が良かったのか聞いてみたいですねぇ。

もちろん、もう覚えておられないかもしれませんし、先生の単なる洒落っ気だったのかもしれません。でも、答えは何でもいいんです。良い思い出を作っていただいて、今でも感謝していますという僕の気持ちだけ、お伝え出来ればと思っています。

言葉が伝わる喜び・・・

前にも少しお話しましたが、
シェリーが来る日には、町内の祭りがあり、私達夫婦は、6年生の親で役員なので、朝からそちらの準備にも追われました。冷や汗

娘も部活の新人戦が重なり、朝から練習に行き、汗
午後からシェリーのお迎えでした自動車

と、言うことで・・・
その日の歓迎パーティーは、おあずけで、
お祭りに来てもらうことにしました。

そこで、連れて行く前に、祭りの説明を・・・・たらーっ

「え〜っと・・・祭り。祭りって何???」ママ・・・

「フェスティバル!!」娘・・・

「フェスティバル???オ〜!!フェスティバル!!拍手」シェリー・・・

「なんか、すごい祭りって勘違いしてない???
なんか、こんな踊るようなのと・・・たらーっ(笑)」ママ・・・

   (笑)

「え〜っと・・・スモールフェスティバル???
 タケフ、○○チョウ、フェスティバル!」
 ・・・と、身振り手振りで説明・・・パパ

 「オ〜!!OK!OK!(笑)」

何とか理解してもらえて、みんなで拍手拍手(笑)

(・・・って、こんな英会話力のない私達で大丈夫???冷や汗

夜には、娘がシェリーを連れて祭りにやって来ました。
屋台の食べ物も何でも食べられて、
ヨーヨーなんて、10個も取ったらしく、娘はびっくりしていました。びっくり

1日目は、とにかく疲れた日でした。
でも、言葉も、
「相手に伝えたい!!と言う強い気持ちがあれば、伝わるんだ!!」
と実感した嬉しい1日目となりました。イヒヒ

2009/9/27 イチデジ

先日、僕はついに、ついに、ついにデジタル一眼レフカメラを手に入れました。

まさに 「清水の舞台から飛び降りる」 行動。人生において、もう二度と一眼レフカメラは買わないだろうと思っていた僕が、「カードで、一括で」 なんていうアクション大魔王を起こしてしまうんですから、自分自身でビックリしています。

あれは、今を去ること19年前・・・。

当時僕は東京の葛西に住んでいて、まだ1才だった上の娘とかよさんと3人で、電車でディズニーランドに行ったんです。で、その少し前に中古で買った一眼レフカメラ (8万円ぐらいだったと思います) に、張り切ってASA400のフィルムを入れて、コーヒーカップとダンボとメリ−ゴーランドとスモールワールドばっかりというか、それしか乗れないのでそこら辺をぐるぐるしたり、パレードを見たりしている娘の姿をバシャバシャと写真に撮ったわけです。

帰りの電車はほんの一駅なんです。なのに、なぜか僕は網棚にそのカメラを置いて・・・そのまま・・・その後かなり努力したんですが・・・結局・・・悲しくて続きはもう書けません。

当時のかよさんと僕の落胆ぶりは、相当なモノでしたね。なけなしのお金で買ったのにね。写真自体も惜しかったし。で、それ以来僕は一眼レフカメラに対する拒絶反応があって、もちろんお金が無いのもあって、もう一生普通のカメラしか使わないなんて思ってきたわけです。

でも、人間どうにも我慢できない瞬間というのがあるんですね。苦節19年、突然たがが外れてしまって、前後の見境もなく電気屋さんからかよさんの携帯に 「一眼レフカメラ、買うてもーた。」 とだけ電話を入れて、後は怒られてもしょうがないという感じでそのカメラを持って家に帰りました。

かよさんもずーと欲しいと思っていたんでしょうね。でも、僕と同じ理由で言い出せなかったようで、結局怒られもせず 「いくら? カード? 一括?」 てな感じで、決済ばかり気にしてました。後は、知ーらねー、と。

 イチデジ、ハッキリ言って重い

で、僕は購入したことで大役を果たしたようにホッとして、そのカメラはほぼ買ったままの状態で数日間存知したままになっていたんです。それがひょんな事から、どうしても今日使わなければならなくなってしまって、僕はとにかく充電だけして、カメラと説明書を持ってその会場へ向かいました。

「出来れば、フラッシュはつけないで撮って欲しいんですけど。」
「そのぅ・・・やり方が分からないんです。」
「はー?」
「初めて使うんで、使い方が全く分からないんです。」
「・・・」

それくらい事前に調べとけよ・・・って、誰でも思うでしょうけど、僕も結構忙しかったんです。で、その場で必死で説明書読んで、何とかクリア〜!

でも、悩みはさらに続いてまして、何とか写真は撮れたんですけどその先が分からないんです。CDにするには? 現像するには? 分かりまシェーン!!

メーカーさん、お願いです。機械苦手オヤジのために、ピント合わせだけじゃなくて、CD作るとこまで全〜部オートでやって欲しいで〜す。

以上、どんなに重くてもカメラは首にぶら下げておこう、と誓っているオヤジからのレポートでした。

2009/9/26 三昔四昔

娘の通う高校のPTA研修、関西方面への日帰りバス旅行に参加してきました。

メインの訪問先は3ヶ所、
1.大学の視察見学で、我が母校大阪大学の豊中キャンパス
 石橋側入り口付近

2.受験に向けての合格祈願に大阪箕面の勝尾寺
 本堂建物

3.一般教養で、大山崎山荘美術館
 新館の地下へ向かう階段

というコース設定でした。

恐らく卒業以来一度も足を踏み入れていないと思う阪大豊中キャンパス。当時と比べて多くの建物が建て替えられていて、僕の中では 「茶色い」 印象を持っていたんですが、白っぽい無機質な印象に変わっていました。

僕自身は工学部だったんで、このキャンパスには前半の教養での2年間しか通っておらず、懐かしいとは言うものの、吹田キャンパスほどの思い入れはありません。それに加えて、その2年間の僕は、長い5月病のような状態で、ほとんど学校にも行かず悶々としていたので、そんな時期とこのキャンパスが重なり、歩いていても少し切ない感じでした。

でも、忘れていたことをいくつか思い出し、またあの頃の純で青臭かった自分を懐かしむことが出来てとても良かったですね。たまの母校訪問、お勧めです。

勝尾寺では、参加者全員でお祓いをしてもらいました。そのお祓いの最後の方で、皆で般若心経を唱えました。実は、その昔僕は仏教系の保育園に通っていて、そこで毎日この般若心経を唱えていたんで、20代ぐらいまではそれなりに覚えていて、今回も始まればスラスラいけるだろうと高を括っていたんですが、何のナンノ南野陽子 (しつこい) 全くダメでしたね。

「色即是空 空即是色」 の部分と、最後の 「羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経」 の部分しか出てこず、自分自身にちょっとガッカリしました。

大学に入ったのがちょうど30年前、般若心経をマスターしたのは40年以上前ですから、10年一昔に準えれば三昔四昔前なんです。

ああ、忘却の彼方・・・あの美少年も・・・

まあ、オッサンのそんな感傷はどうでもいいとして、今回の研修は、天気も良く、母校訪問で気持ちも新たになり、新しいお知り合いも出来、たくさん歩き(大山崎山荘美術館、かなり強烈です)、大変充実したモノとなりました。

PS
近々、旅の小ネタ集は書かせてもらいますが、1つだけ先行してご紹介しますね。

 表札にご注目

寺尾勝さんのお家かと思いました・・・ははは。

2009/9/25 青いミカン

食後のデザートにみかんが出ました。
かなり青いみかんでした。

 やや小粒です

「酸っぱそうなみかんやな。」
「ウ〜、確かに酸っぱいわ。」
「これハウスみかんなの?」
「違うやろ、たぶん。」

こんな会話をしていると、グラン師匠が欲しそうな顔で食卓に近づいてきて、周りをウロウロし始めます。僕は、自分の分の3房を残して、包丁で2つに切り分けて師匠用に準備しました。そんな僕を見てハウスに飛び込む師匠、我が家の食事のルールは厳格です。

僕は、入れ物を持って行って師匠の前に座ります。
「待て・・・」

 目が釘付けになっています

「グランには、ハウスみかん・・・やね。」
食卓の方から聞こえるそんな声に、上手いやないかと思いながら、僕は
「よし」
と、一声掛けました。

オーストラリアからやって来た子は???

9月20日、午後3時、オーストラリアから、
ザビエル高校生と先生たちが、武生駅に到着しました。
期待と緊張から、その瞬間をカメラに納めることができず・・・・
すみません。m(_ _)m

駅から、スカイブルーの鮮やかなポロシャツを着た生徒達が現れ、
出迎えの高校生たちと家族は、思わず拍手喝采です。拍手

(なんだろう?この何とも言えない興奮と感動・・・汗

娘は、さっそく、自分の相手を探しに行きました。

そして、私達家族と、ご対面〜!!
なんとも愛想のいい子で、人見知りもなく、すぐに打ち解けた感じでした。

名前はシェリー女

遥か遠い国からやって来たんだ!と思うと、とても愛おしく感じました。ラブラブ

しか〜し、拍子抜けしたことが1つ・・・

彼女はオーストラリア人ではなく、中国人だったのです。びっくり
今はオーストラリアでお母さんと暮らし、ザビエル高校に通って4年になるそうで・・・
お父さんは、お仕事があるので、上海に残っているそうです。

どうりで、違和感がないと思ったよ・・・
髪は茶髪だし、英語しか喋らないので、すぐにはわからなくて・・・(笑)
同じ黄色人種だったのです(^_^;)

聞いてないよ〜!!

考えていたご飯のメニューも少しずつ変更かな??汗

最初は、そんなこんなで、とまどいもあったけど、
オーストラリアなまりがない綺麗な英語と中国語はもちろん、日本語も少し喋られる彼女を、娘は尊敬し・・・
もちろん、私達も二カ国にお友達ができたようで、とても楽しくなってきました。イヒヒ

シェリーのお土産・・・



かわいいぬいぐるみ親子と、
ママに、スキンクリームでした。ラッキー

ぬいぐるみに食いついたのは、ご存じ妹の方で・・・(笑)
たぶん、コレクションの一つになること間違いなしグッドたらーっ

この日から始まった、
大変だったけど、とても楽しく充実した9日間のお話・・・・ニコニコ

一度にはとても書ききれないので、
少しずつ報告していきま〜すチョキ

コラッ!ム その5 「財団法人 日本相撲協会」

若干落ち着きを取り戻してはいるが、国技大相撲が揺れている。集団暴行事件、大麻事件、外国人力士の席巻、横綱朝青龍の所業や態度、無気力相撲等々、問題点を数え上げたら切りがない状況だ。そこで今回は、なぜ今、大相撲に幾つもの問題が起きているのか、その理由を明らかにしたいと思う。

ズバリ 「呼び出し」 と 「懸賞」 が今の相撲界の堕落を象徴していると思う。

一見関連性の無い組み合わせだが、この2つには大きな共通点がある。テレビ映像で 「見る」 ことは出来るが、テレビではどちらも 「音」 が消されているという点である。

呼び出しの所作は、一昔前のテレビ放送ではハッキリ映されていた。もちろん音声もしっかり流されていて、子どもの頃などはその節回しの巧さに感動し、相撲を取って遊ぶときも皆が真似をしていた。また、福祉大相撲などのイベントでは相撲甚句のコーナーがあり、呼び出しが、あの美声と力士名や地名などを織り込んだ工夫された歌詞で楽しませてくれた。特に 「呼び出し三郎」 の甚句などは芸術品と言われたものだった。

仕事柄、最近はラジオで相撲を聞くことが多い。そこでは、近年テレビではほとんど聞こえなくなった呼び出しの声がかなり鮮明に聞き取れる。しかし、聞いていて悲しくなるほど下手な呼び出しが多いのである。明らかに音痴である者も少なからず存在している。

呼び出しは、この呼び出しという仕事だけでなく、触れ太鼓を叩いたり、土俵を作ったり、他にも色々な仕事を受け持っているようだが、最も大切な仕事は土俵上で対戦力士を 「呼び出す」 ことに決まっている。にもかかわらず、その基本となる仕事を満足に出来ないものが、今の大相撲には多数存在していることになる。

不真面目だと言っているわけではない、才能が無いと言っているのだ。想像するに、高度成長期以降、呼び出しという職業選択をする人の絶対数が減り、来るもの拒まずで採用していった結果なのではないだろうか。そして、NHKと相撲協会は、この呼び出しの技量不足を隠すべく音声を消しているのではないだろうか。

弱い力士には各界を去ることしか道はないし、正しい判定の出来ない行事にも出世の道はないはずだ。しかし、呼び出しは上手かろうが下手であろうが、出世の道にはあまり影響が無い・・・ように見えてしまう。

横綱審議委員の内館牧子や相撲好きのやくみつるなどは、朝青龍の態度や不甲斐ない若手力士に対してよく苦言を呈しているが、であるならば、なぜこの呼び出しの技量低下を批判しないのか、僕には不思議でならない。

次に懸賞だ。

懸賞においては、NHKでの放送だからコマーシャル映像や音声を流すことが出来ず、呼び出しが土俵の周りを回っている姿を遠目に映すだけに留まっている。これは仕方のないことであろう。ただ実際の館内では、大音量で個々の企業名を連呼しており、数度しか足を運んだことのない僕などは、その差に大変驚いたものだ。

近年、この懸賞の掛け方に疑問を持たざるをえない。

あるお茶漬けメーカーを例に取ると、コマーシャルで使っている力士に3本、横綱の取り組みにも3本、そして、中日、千秋楽の結びなどの休日で注目が集まる取り組みには5本と、まとめた数の懸賞を出し続けている。なぜこれほどまとめて出さなければならないのだろう。

本来の懸賞の意味は、いわゆる 「花相撲」。 「ご贔屓の力士」 の 「ここ一番の取り組み」 に掛けるものだと思うのだが、コマーシャル効果を考えてか、視聴率の高そうなところばかりに掛けるので、僕などは興ざめしてしまう。

結果、特定の取り組みに過度に集中するので、千秋楽の勝者などは、行事から懸賞を受け取る時、両手で拝み取るような所作になり、その姿が実に醜悪に見えてしまう。右手で手刀を切って、そのまま片手で受け取るのが、粋であり決め事だと思うのだが、いかがなものだろう。

色々書いてきたが、そろそろまとめに入ろうと思う。

相撲は元来神事から出てきており、今もなおその色彩を色濃く残している。定期的に天覧相撲が行われるのも、それ故だと思う。であるから、相撲には数々の決められた所作があり、また、人間離れした 「角力」 による真っ向勝負が求められ、卑怯な勝ち方を忌み嫌い、上位力士特に奉納の務めを担う横綱には心技体が求められるのだ。

しかるに、音程を外す呼び出しがいて、花相撲の趣旨も分からない懸賞の掛け方をするスポンサーがいて、その異常な懸賞の束を両手で拝み取りする横綱がいて、それらを黙認する組織上層部がいるのでは、すっかり前提がおかしくなってしまう。僕は何も昔を懐かしんで言っているわけではないが、今の大相撲は 「美しさ」 を失ってしまっている。

コラッ! 日本相撲協会を仕切る元力士達!! 

ズバリ、行司、呼び出し、床山に代表される裏方の待遇を改善し、彼らのステータスを上げろ。そして、能力のない者を一掃し美しい所作を取り戻させろ。その上で、力士たちには勝ち負けを越えた潔く美しい戦いの持つ意味を周知徹底しろ。もちろん、谷町(スポンサー)筋へも美しさを求めろ。

さし当たって難しいことは要求しない。まず基本から始めよう。そして、相撲本来の戦う意味、美しく戦う姿を土俵上に表現しよう。相撲ファンは、少なくとも僕だけは、そんな美しくてしかも超越した 「モノ」 を土俵上に求めている。

大鵬は強くて美しかった。千代の富士は早くて美しかった。
そして三郎の声は、国技館に響き渡っていた・・・。

小学校時代、地区の子ども相撲で横綱になれなかった元少年より

 東京深川の富岡八幡宮
 横綱力士碑
 この後に続くのは・・・
 超五十連勝力士碑、双葉山・千代の富士

管理者 水上大哉
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  CFP(R)認定者 水上大哉
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