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コラッ!ム その6 「東京箱根間往復大学駅伝競走」

一昨年の北京オリンピック男子マラソンでワンジルが金メダルを獲得した時、ワンジルは関東地区の大学に進学せず、直接社会人入りしたので金メダルが取れたのではないか、と感じた。同時に、東京箱根間往復大学駅伝競走 (以下、箱根) が日本の男子マラソンを弱くしている、という昔から考えていた仮説に対して確信を持った。

以下、「コラッ!ム」 に相応しいかどうかは分からないが、日本長距離界を憂えて、個人的な考えを述べさせてもらう。

オリンピックの日本男子のマラソンにおける金字塔は、メキシコでの君原、バルセロナでの森下の銀メダル、東京での円谷の銅メダルになろう。また、他にもソウル・バルセロナ連続4位の中山や、ロサンゼルス4位の宗猛なども輝く成績であるが、実は彼らは全員 「箱根」 組ではない。

それに比べ、古くは宇佐美、少し上では瀬古、同世代では谷口、年下となると数多いる大学駅伝のスター選手たちは、マラソン代表として出場したオリンピックでは全く結果を残していない (モスクワ不参加で最盛期での出場を逃した瀬古は不運だったと言えるし、谷口は世界陸上で金メダルを取ってはいるが)。

マラソン・オリンピック出場組以外の、大学卒業後の状況についても言及したい。

超大物だった元早稲田の渡辺、一時マラソン日本記録を作った元駒沢の藤田なども、大学卒業直後の成績は良かったように思うが、その後第1級の選手とは言えない状況になっていった。また、他にも箱根では色々な選手の名前を覚えてきたが、大学時代の一瞬の輝きの方が、その後の全ての活躍を上回っているような気がする。

卒業後の 「伸びしろ」 の無さを感じてしまう。
そして、この伸びしろの無さは、そもそも学生時代においてもあるように思う。

今年の大会などを見ても、1年生が大活躍していたりするが、これが大学では練習しても伸びないことを証明しているように感じてしまう。

もちろん、箱根は注目度の高い国民行事的大会なので、大学側のスカウティングが強化され、逆に選手側も自分とチーム内上級生メンバーの実力を比較し、試合に出られるかどうかを秤に掛けて大学を選ぶせいで、有力選手が分散し、真の実力者は各校各学年に1・2名程度になってしまうことは容易に想像がつく。

それにしても、大学では伸びない感じがするのである。

ワンジルは仙台育英高校時代、全国高校駅伝で3年連続区間賞を取っている。おそらく多くの大学や社会人チームから誘いを受けたはずだが、彼はオリンピック銀メダリストの森下広一がコーチをしていたトヨタ自動車を選んだ。そして、あっという間に大きく才能を伸ばし、大学に入っていれば4年生の年にオリンピック金メダルまで至ってしまった。

もちろん本人の才能もあろうし、比較出来ないことを比べること自体変なのかもしれない。ただ金メダルの要因の1つに社会人での練習方法があり、マラソン力を伸ばすには大学での練習は不適合であるとは考えられないだろうか?

僕は、20キロ強という箱根の1区間の距離による弊害が、選手の伸びしろを摘んでいるという仮説を立てている 。

この距離は駅伝としてはかなり長く (社会人の駅伝では10キロ程度が中心) 、もしブレーキをした場合取り返しが付かなくなるので、どうしてもスピードよりも走り切る練習が中心になると思われる。本来マラソンへ繋がる道は、10キロ程度のスピード練習と、距離への対応を図る35〜40キロの練習を組み合わせるモノだが、20キロは実に中途半端なのだ。

長距離にも20キロとかハーフマラソンがあるじゃないか、という反論もあろうが、この距離は記録としては残るが、オリンピックの正式競技ではない。素人ならともかく、長距離で生きていく気ならそこが強くてもしょうがない距離なのである。

別の側面から見てみる。

現在のマラソン世界記録は、ゲブラシラシエが35才時に出したものである。また日本記録も、高岡が32才時に出している。つまり、現代マラソンにおいては、選手のピークが30代に移行してきていると思われる。

そして、20代前半まではスピード練習に終始し、10キロやクロカンなどで力をつけ、ある一定時期から距離を延ばしマラソンに移行していくというのが王道のようになっている。実は、ワンジルの21才は希有なケースなのだ。この側面から考えても、大学で20キロという距離に集中することは罪悪のように感じる。

さらに付け加えると、選手の環境である。

昨今の熱狂的な報道や、関東の大学にありがちな母校愛は、選手に大学で燃え尽きさせる程の高揚感を与えてしまう。あたかも高校野球の甲子園のような感じである。実に危険な考え方である。今やマラソンや長距離走は国民スポーツになっている。長く現役で頑張っていけるよう体作りをするのが本分の大学において、つぶれる程の練習をするのは危険であると思われる。

高校は、日本陸上界の至宝たちを原石のままで伸ばす場所でなければならない。
そして大学は、その原石を磨き始める場所ではあるが、削ってはいけないと思う。
その先に、自ら考え判断して自分を削り始める場所がある。そこまで待つべきだ。

すっかり、長くなってしまった。

最後に、大学の陸上連盟に対して提言をさせてもらう。

1.箱根は関東ローカルの地方大会である。この大会が全国大会以上に注目される姿は歪であると言わざるを得ない。早急に全国大会に格上げすべきであろう。それが、地方活性化にも繋がると思われる。

2.現状の約20キロ10区間を、約10キロ10区間 (もしくは思い切って20区間) に改めるべきである。大学生にはスピード練習こそ必要であると思われる。

3.山登りを廃止すべきである。山登りは単なる障害物競走である。

以上、思いつくまま一気に書いてしまった。
拙文、お許し願いたい。

PS
「山の神」 元順天堂の今井の名前を、最近あまり聞かないのが淋しい。
「新山の神」 東洋の柏原が、今後平地でも大活躍することを願っている。
元中大の上野、元東海の佐藤、日大のダニエル・・・皆の活躍も願っている。

彼ら箱根組の中から日本を背負うような選手が出てきて、オリンピックで大活躍してくれたら、僕のこの文章は陸上素人の単なる戯れ言になってしまう。僕は、そうなることを心から願っている。

コメント
おめでとうございます。

久しぶりに黙っていられなくなったので・・・

スポーツというか競技の標準化という論点ならば、箱根駅伝は特殊な競技であって
グローバルな時代感覚からずれているということでしょうし・・・

大学スポーツという視点なら
プロ化の時代のなかでのアスリートとしての
位置づけの中途半端さにいらつくってことなのかなと・・・


甲子園でいいんでしょう。
陸上を続ける選手のほうが少ないでしょうし・・・

連投で肩を壊す投手生命を論じる視点と同じで、プロを目指す才能にはそれなりの保護と指導が必要だと思われますが、
それを大学の陸上界に求めるのは無理でしょう。
日本の陸上のプロ化が曖昧であることに尽きるのだと思います。



さて、提言について

全国区はいいですが、大学ラグビーのようになるだけで底上げになるには金と時間が掛かりすぎるでしょう。甲子園にするには気長な我慢が必要です。


距離の問題については短くしたら余計にチームの総合力だけの勝負になるような気がしますね。

山登りがなくなると箱根駅伝でなくなりそうです。浜風のない甲子園みたいなもので、東京ドームでやろうやってことみたいに感じます。

障害物競走結構、あれは運動会のメインだと考えればいいし、それに一年かけてがんばる学生たちを応援すればいいわけですから。

男子マラソンのメダルが取れなくなってきたのは日本人のポテンシャルの問題で
スピード化についていけないのは練習方法の問題ではないと思っています。


このテーマ面白いです。
今度ゆっくり議論しましょう。

長文失礼。
  • michichika
  • 2010/01/05 11:56 AM
コメントありがとうございます。

確かに、僕の意見はかなり独りよがりな考えだったと思います。特に、箱根参加者=長距離走で食べていこうとする人、みたいな論調は少し極端だったように思います。

僕は自分が関西の大学へ行っていたせいか、どうも関東の大学に対するコンプレックスがあるようなんです。憧れと言えるかもしれませんが。

で、箱根組が嫌いなような、でも好きなような微妙な感じなんです。

まあ、今度一杯飲りながらじっくり話しましょう。
  • 水上
  • 2010/01/05 10:28 PM
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