2011/12/21 街に出よう

(水上 wrote)

毎月1回開催される保険代理業協同組合の例会、今回はBCP対策に関するセミナーを行った後、クリスマス会と銘打って軽めのパーティーを行いました。

結婚式の二次会などに利用されるお店を使って、女性司会者に来て貰い、ゲームをしながらっていう感じでして、うちの組合としてはこんなのは初めての企画だったんですが、楽しいひとときを過ごさせていただきました。

で、その後2次会をということで、6名で片町のショットバーへ繰り出しました。

そこは30席ほどのバーなんですが、僕らが入って 「ほぼ満席〜!」。オーナーにはちょっと失礼な言い方ですが、「この店が・・・」 って感じて、改めて忘年会やクリスマスの威力を思い知らされました。

こう書くのも、いつもなら 「それなりの入り」 って感じで、僕的に言うとそんな状態を求めて寄っているお店なんです。でも、不景気不景気と言われる今、今日のように一杯になっている姿も何か嬉しかったりして、元気を貰ったような気がしました。

親父たちにはちょっと似合わないパーティーに、満席の2次会・・・
時にはこんな感じも良いものですね。

クリスマスに亡新年会。さあ、みんなで街に出ましょう。

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コラッ!ム その7 「保険料口座引き落とし制度」

「コラッ!ム」 欄に書くのが適当かどうかは自分でも悩んだのですが、制度の変更 (改良) を願って、あえて 「FPとっておき情報」 ではなく、こちらに書かせてもらいます。

昨今、保険料の支払い方法として、多くの方が 「口座引き落とし」 を利用されています。これは、利便性を求める加入者側と、効率性を求める保険会社側のニーズがマッチしての結果であり、クレジットカードでの支払いも含めて今後ますます利用者が増えていくだろうと思われます。

さて、その口座引き落とし制度の中で、特に生命保険商品での制度運営において、保険会社側にぜひとも検討してもらいたいことを、今回書かせてもらいます。

生命保険の口座引き落とし制度においては、2回連続で引き落としが出来ず (口座振替不能と言います) 保険料の支払いが無いままその月の月末を過ぎてしまうと、保険契約が 「失効」 という状態になるのが一般的です。

この失効は保障の効力の無い状態ですが、「復活」 という作業を経て正常な状態に戻すことは出来ます。ただ生命保険の場合、未払いの保険料を支払うだけでは復活にならず、再度健康状態の告知の必要になるケースがほとんどで、加入者 (被保険者) の健康状態によっては復活出来ないケースが出てきてしまいます。

ここでの問題点は、その保険料の引き落とし日が、大部分の会社で26日か27日に設定されているという事実です。

何らかの理由で口座引き落としの出来ない月があり、翌月今度はうっかりミスで引き落としを失念したような場合でも、その事実の発覚するのが通常では翌々月に入ってからになってしまい、気が付いた時には既に遅しで失効になっていて、健康に問題のある方が2度と復活出来ない・・・というようなケースは頻繁に見られます。

今月などは顕著な例で、27日が土曜日にあたります。こんな場合は、引き落とし日が次に来る平日になるので、2月分の保険料引き落としが何と3月1日になってしまいます。1月の保険料が落ちていない人で、この3月1日にも落ちなければ、その日一杯で保険は失効です。午後3時以降に気が付いても手立ての打ちようもありません。

そこで、26日・27日を引き落とし日に設定している保険会社に提案です。

毎月の引き落とし日を、月初めに変更して下さい。
もしくは失効のルールを改め、「2ヶ月連続引き落としが出来なかったことを本人に通知してから、10日以内に振込がない場合」 等、余裕のある制度に改めて下さい。

現状でも、毎月1日を引き落とし日に設定している会社は僅かですが存在します。それに加え、2月分の引き落としが3月に入ってから行われるという事実は、ある面この制度の欠陥を指摘しているとも言えます。

今月を機に、この 「失効」「復活」 制度の改善検討に入ることを、切に願います。

コラッ!ム その6 「東京箱根間往復大学駅伝競走」

一昨年の北京オリンピック男子マラソンでワンジルが金メダルを獲得した時、ワンジルは関東地区の大学に進学せず、直接社会人入りしたので金メダルが取れたのではないか、と感じた。同時に、東京箱根間往復大学駅伝競走 (以下、箱根) が日本の男子マラソンを弱くしている、という昔から考えていた仮説に対して確信を持った。

以下、「コラッ!ム」 に相応しいかどうかは分からないが、日本長距離界を憂えて、個人的な考えを述べさせてもらう。

オリンピックの日本男子のマラソンにおける金字塔は、メキシコでの君原、バルセロナでの森下の銀メダル、東京での円谷の銅メダルになろう。また、他にもソウル・バルセロナ連続4位の中山や、ロサンゼルス4位の宗猛なども輝く成績であるが、実は彼らは全員 「箱根」 組ではない。

それに比べ、古くは宇佐美、少し上では瀬古、同世代では谷口、年下となると数多いる大学駅伝のスター選手たちは、マラソン代表として出場したオリンピックでは全く結果を残していない (モスクワ不参加で最盛期での出場を逃した瀬古は不運だったと言えるし、谷口は世界陸上で金メダルを取ってはいるが)。

マラソン・オリンピック出場組以外の、大学卒業後の状況についても言及したい。

超大物だった元早稲田の渡辺、一時マラソン日本記録を作った元駒沢の藤田なども、大学卒業直後の成績は良かったように思うが、その後第1級の選手とは言えない状況になっていった。また、他にも箱根では色々な選手の名前を覚えてきたが、大学時代の一瞬の輝きの方が、その後の全ての活躍を上回っているような気がする。

卒業後の 「伸びしろ」 の無さを感じてしまう。
そして、この伸びしろの無さは、そもそも学生時代においてもあるように思う。

今年の大会などを見ても、1年生が大活躍していたりするが、これが大学では練習しても伸びないことを証明しているように感じてしまう。

もちろん、箱根は注目度の高い国民行事的大会なので、大学側のスカウティングが強化され、逆に選手側も自分とチーム内上級生メンバーの実力を比較し、試合に出られるかどうかを秤に掛けて大学を選ぶせいで、有力選手が分散し、真の実力者は各校各学年に1・2名程度になってしまうことは容易に想像がつく。

それにしても、大学では伸びない感じがするのである。

ワンジルは仙台育英高校時代、全国高校駅伝で3年連続区間賞を取っている。おそらく多くの大学や社会人チームから誘いを受けたはずだが、彼はオリンピック銀メダリストの森下広一がコーチをしていたトヨタ自動車を選んだ。そして、あっという間に大きく才能を伸ばし、大学に入っていれば4年生の年にオリンピック金メダルまで至ってしまった。

もちろん本人の才能もあろうし、比較出来ないことを比べること自体変なのかもしれない。ただ金メダルの要因の1つに社会人での練習方法があり、マラソン力を伸ばすには大学での練習は不適合であるとは考えられないだろうか?

僕は、20キロ強という箱根の1区間の距離による弊害が、選手の伸びしろを摘んでいるという仮説を立てている 。

この距離は駅伝としてはかなり長く (社会人の駅伝では10キロ程度が中心) 、もしブレーキをした場合取り返しが付かなくなるので、どうしてもスピードよりも走り切る練習が中心になると思われる。本来マラソンへ繋がる道は、10キロ程度のスピード練習と、距離への対応を図る35〜40キロの練習を組み合わせるモノだが、20キロは実に中途半端なのだ。

長距離にも20キロとかハーフマラソンがあるじゃないか、という反論もあろうが、この距離は記録としては残るが、オリンピックの正式競技ではない。素人ならともかく、長距離で生きていく気ならそこが強くてもしょうがない距離なのである。

別の側面から見てみる。

現在のマラソン世界記録は、ゲブラシラシエが35才時に出したものである。また日本記録も、高岡が32才時に出している。つまり、現代マラソンにおいては、選手のピークが30代に移行してきていると思われる。

そして、20代前半まではスピード練習に終始し、10キロやクロカンなどで力をつけ、ある一定時期から距離を延ばしマラソンに移行していくというのが王道のようになっている。実は、ワンジルの21才は希有なケースなのだ。この側面から考えても、大学で20キロという距離に集中することは罪悪のように感じる。

さらに付け加えると、選手の環境である。

昨今の熱狂的な報道や、関東の大学にありがちな母校愛は、選手に大学で燃え尽きさせる程の高揚感を与えてしまう。あたかも高校野球の甲子園のような感じである。実に危険な考え方である。今やマラソンや長距離走は国民スポーツになっている。長く現役で頑張っていけるよう体作りをするのが本分の大学において、つぶれる程の練習をするのは危険であると思われる。

高校は、日本陸上界の至宝たちを原石のままで伸ばす場所でなければならない。
そして大学は、その原石を磨き始める場所ではあるが、削ってはいけないと思う。
その先に、自ら考え判断して自分を削り始める場所がある。そこまで待つべきだ。

すっかり、長くなってしまった。

最後に、大学の陸上連盟に対して提言をさせてもらう。

1.箱根は関東ローカルの地方大会である。この大会が全国大会以上に注目される姿は歪であると言わざるを得ない。早急に全国大会に格上げすべきであろう。それが、地方活性化にも繋がると思われる。

2.現状の約20キロ10区間を、約10キロ10区間 (もしくは思い切って20区間) に改めるべきである。大学生にはスピード練習こそ必要であると思われる。

3.山登りを廃止すべきである。山登りは単なる障害物競走である。

以上、思いつくまま一気に書いてしまった。
拙文、お許し願いたい。

PS
「山の神」 元順天堂の今井の名前を、最近あまり聞かないのが淋しい。
「新山の神」 東洋の柏原が、今後平地でも大活躍することを願っている。
元中大の上野、元東海の佐藤、日大のダニエル・・・皆の活躍も願っている。

彼ら箱根組の中から日本を背負うような選手が出てきて、オリンピックで大活躍してくれたら、僕のこの文章は陸上素人の単なる戯れ言になってしまう。僕は、そうなることを心から願っている。

コラッ!ム その5 「財団法人 日本相撲協会」

若干落ち着きを取り戻してはいるが、国技大相撲が揺れている。集団暴行事件、大麻事件、外国人力士の席巻、横綱朝青龍の所業や態度、無気力相撲等々、問題点を数え上げたら切りがない状況だ。そこで今回は、なぜ今、大相撲に幾つもの問題が起きているのか、その理由を明らかにしたいと思う。

ズバリ 「呼び出し」 と 「懸賞」 が今の相撲界の堕落を象徴していると思う。

一見関連性の無い組み合わせだが、この2つには大きな共通点がある。テレビ映像で 「見る」 ことは出来るが、テレビではどちらも 「音」 が消されているという点である。

呼び出しの所作は、一昔前のテレビ放送ではハッキリ映されていた。もちろん音声もしっかり流されていて、子どもの頃などはその節回しの巧さに感動し、相撲を取って遊ぶときも皆が真似をしていた。また、福祉大相撲などのイベントでは相撲甚句のコーナーがあり、呼び出しが、あの美声と力士名や地名などを織り込んだ工夫された歌詞で楽しませてくれた。特に 「呼び出し三郎」 の甚句などは芸術品と言われたものだった。

仕事柄、最近はラジオで相撲を聞くことが多い。そこでは、近年テレビではほとんど聞こえなくなった呼び出しの声がかなり鮮明に聞き取れる。しかし、聞いていて悲しくなるほど下手な呼び出しが多いのである。明らかに音痴である者も少なからず存在している。

呼び出しは、この呼び出しという仕事だけでなく、触れ太鼓を叩いたり、土俵を作ったり、他にも色々な仕事を受け持っているようだが、最も大切な仕事は土俵上で対戦力士を 「呼び出す」 ことに決まっている。にもかかわらず、その基本となる仕事を満足に出来ないものが、今の大相撲には多数存在していることになる。

不真面目だと言っているわけではない、才能が無いと言っているのだ。想像するに、高度成長期以降、呼び出しという職業選択をする人の絶対数が減り、来るもの拒まずで採用していった結果なのではないだろうか。そして、NHKと相撲協会は、この呼び出しの技量不足を隠すべく音声を消しているのではないだろうか。

弱い力士には各界を去ることしか道はないし、正しい判定の出来ない行事にも出世の道はないはずだ。しかし、呼び出しは上手かろうが下手であろうが、出世の道にはあまり影響が無い・・・ように見えてしまう。

横綱審議委員の内館牧子や相撲好きのやくみつるなどは、朝青龍の態度や不甲斐ない若手力士に対してよく苦言を呈しているが、であるならば、なぜこの呼び出しの技量低下を批判しないのか、僕には不思議でならない。

次に懸賞だ。

懸賞においては、NHKでの放送だからコマーシャル映像や音声を流すことが出来ず、呼び出しが土俵の周りを回っている姿を遠目に映すだけに留まっている。これは仕方のないことであろう。ただ実際の館内では、大音量で個々の企業名を連呼しており、数度しか足を運んだことのない僕などは、その差に大変驚いたものだ。

近年、この懸賞の掛け方に疑問を持たざるをえない。

あるお茶漬けメーカーを例に取ると、コマーシャルで使っている力士に3本、横綱の取り組みにも3本、そして、中日、千秋楽の結びなどの休日で注目が集まる取り組みには5本と、まとめた数の懸賞を出し続けている。なぜこれほどまとめて出さなければならないのだろう。

本来の懸賞の意味は、いわゆる 「花相撲」。 「ご贔屓の力士」 の 「ここ一番の取り組み」 に掛けるものだと思うのだが、コマーシャル効果を考えてか、視聴率の高そうなところばかりに掛けるので、僕などは興ざめしてしまう。

結果、特定の取り組みに過度に集中するので、千秋楽の勝者などは、行事から懸賞を受け取る時、両手で拝み取るような所作になり、その姿が実に醜悪に見えてしまう。右手で手刀を切って、そのまま片手で受け取るのが、粋であり決め事だと思うのだが、いかがなものだろう。

色々書いてきたが、そろそろまとめに入ろうと思う。

相撲は元来神事から出てきており、今もなおその色彩を色濃く残している。定期的に天覧相撲が行われるのも、それ故だと思う。であるから、相撲には数々の決められた所作があり、また、人間離れした 「角力」 による真っ向勝負が求められ、卑怯な勝ち方を忌み嫌い、上位力士特に奉納の務めを担う横綱には心技体が求められるのだ。

しかるに、音程を外す呼び出しがいて、花相撲の趣旨も分からない懸賞の掛け方をするスポンサーがいて、その異常な懸賞の束を両手で拝み取りする横綱がいて、それらを黙認する組織上層部がいるのでは、すっかり前提がおかしくなってしまう。僕は何も昔を懐かしんで言っているわけではないが、今の大相撲は 「美しさ」 を失ってしまっている。

コラッ! 日本相撲協会を仕切る元力士達!! 

ズバリ、行司、呼び出し、床山に代表される裏方の待遇を改善し、彼らのステータスを上げろ。そして、能力のない者を一掃し美しい所作を取り戻させろ。その上で、力士たちには勝ち負けを越えた潔く美しい戦いの持つ意味を周知徹底しろ。もちろん、谷町(スポンサー)筋へも美しさを求めろ。

さし当たって難しいことは要求しない。まず基本から始めよう。そして、相撲本来の戦う意味、美しく戦う姿を土俵上に表現しよう。相撲ファンは、少なくとも僕だけは、そんな美しくてしかも超越した 「モノ」 を土俵上に求めている。

大鵬は強くて美しかった。千代の富士は早くて美しかった。
そして三郎の声は、国技館に響き渡っていた・・・。

小学校時代、地区の子ども相撲で横綱になれなかった元少年より

 東京深川の富岡八幡宮
 横綱力士碑
 この後に続くのは・・・
 超五十連勝力士碑、双葉山・千代の富士

コラッ!ム その4 「マスコミと称される者たち」

5月中旬に、ある“ 大手テレビ局 ”が“ 大手通販会社 ”を買収するというニュースが発表された。このニュースを見た瞬間、次の「コラッ!ム」ネタはこれしかないと思っていた。随分遅くなったが、ようやく考えがまとまったので書いてみることにする。

テレビ局は公的な側面を持ってはいるが、さりとてNHK以外は民間企業、もちろん収益は必要である。民放の収入源は何と言ってもコマーシャルが主体であり、民放各社は、コマーシャルを採るために営業活動をする。そして、そんな営業の前提となるのは、第一に魅力的な番組であり、第二にマスコミとしての中立・公正な態度や、それに伴う信頼性であると思う。

そんな前提条件をもとに、我々一般庶民は、マスコミにエールを送り、マスコミの発信する情報を信用をしてきた。でも、そのマスコミが、自ら通信販売を始める時、マスコミは、マスコミとしての使命を放棄していると感じてしまう。

「自局の番組宣伝のための番組」を量産し、自社ドラマと連動させた映画を作り、それがさも優良映画のように宣伝するところまでは、今まで何とか我慢をしてきた。しかし、今後はテレビ局自身が、直接マージンを得るために商品名を連呼するのだという・・・。

ずばり“ 戦時中の大本営発表 ”のようなものだと感じてしまう。

「この商品は良いですよ」は、第三者が言うから値打ちが有るのであって、本人が言ってどうする。客観的な立場で批判し、謙虚な立場で主張するのがマスコミの使命であり、本来像ではないのか。

たとえコマーシャルを貰っている会社であっても、事ある時はズバズバと批判する。だからこそマスコミなのである。自社で直接商品を扱う時、それが出来るのか? ナアナアになる事は、今の番宣命の姿を見れば明らかなのではないか?

県内のFM局においても、近年ラジオショッピングというコーナーができ、中年女性が早口でまくし立てる感じの商品紹介が行われている。この通販、コマーシャルとしてではなく、番組の中で突然始まるからタチが悪い。FM局のハイセンスなイメージを期待して聞いているのに、それをぶち壊し地に落としてでも収益を上げたいのか、と情け無くなってしまう。僕は、この女性の声が聞こえた瞬間スイッチを切るようにしているし、最近ではお昼の時間はこの局自体を聞かないようにしている。

つまり、この例が示すように、通販で上げた収益分は、別の形で抜けていってしまう可能性が高いということだ。

もういい、テレビもラジオももういい。商品はネット上で探すからもういい。確かにネット上には怪しい情報が溢れているけど、それとて自己責任、上から目線で押しつけられた情報よりよっぽどマシだ。という感じになってしまうということだ。

コラッ!マスコミと称される者たち!! 

ここで方向性を正さなければ、君たちに未来はないと思う。
基本に立ち返って、気高く、清廉で、先見性を持った君たちでいてくれ。
そして、僕を昔のままのテレビッ子、ラジオッ子でいさせてくれ。

コラッ!ム その3 「甲子園」

「甲子園」とは?

阪神タイガースのホームグラウンド ・・・ 正解
高校野球の聖地 ・・・ 正解かもしれないけど間違っていると思う

Chapter.1
WBCで連続MVPを受賞した松坂投手が、高校3年の夏、準々決勝のPL学園戦で延長17回250球を投げ抜き完投勝利した。松坂はその翌日の試合では、腕にテーピングをした状態でリリ−フに立ち、結果この準決勝は横浜高校の大逆転勝ちとなった。さらにその翌日の決勝で松坂はノーヒットノーランを達成し優勝投手となった。松坂怪物伝説の始まりである。

もうかなり前のことで僕自身名前もはっきり覚えていないが、同じく夏の大会で沖縄県チームの投手が、連投の疲れからか明らかに肩に変調をきたしながらも投球している場面が思い出される。この投手もかなり前評判の高い選手だったが、大会後の話題は聞いた事がない。今も野球を続けているのであろうか?

Chapter.2
通常の場合、春選抜は32校が出場し全31試合が行われる。今年の大会は12日間の日程で、そのうち約半分となる6日目第1試合までが1回戦に当てられる。

夏の大会の場合では47校が参加することになる。昨年の大会でいうと17日間の大会日程で、7日目第2試合までが1回戦に当てられている。

何かおかしいとは思わないだろうか。

開会式に出る事を強要されながら、たった一試合を戦うためにその後数日間待たされるチームがある。このスケジューリングは、明らかに高校生の大会の域を逸脱したものだ。そのためのコスト負担は莫大なものであり、生徒にもその家族にも学校にも負担感を与えている。

また、全体の日程を調整するためには、どうしても大会後半のスケジュールが過密になり、勝ち上がったチームには、連戦が課せられる事となる。最近は若干ゆとりを持たせる形になってきているが、根本的な解決にはなっていない。昨今、夏の大会において40℃近い中で試合が行われるケースが頻発しているが、この状態での連戦は命がけと言っても過言ではないだろう。

Chapter.3
比較の対象として昨年の北京オリンピックを例にとろう。この大会の参加者は約1万1千人、28競技302種目が行われたそうだ。正式な大会日程は17日間(実際には開会式前にサッカーの予選が行われているので、それも入れると19日間)であった。単一競技、たった47チーム、約850人程が参加するだけの夏の甲子園大会とほぼ同じ日数で行われている。

Chapter.4
提言
全国大会(いわゆる甲子園)も、地方大会や全国高校サッカーのように、複数の球場を使ってやるべきだ。

幸いにも、関西には甲子園だけではなく、日本一美しいといわれるグリーンスタジアムや、雨でも出来る大阪ドームなどがある。しかも、どれもプロが使用する球場であり、ステータス的には甲子園と見劣りはしない。

ベスト8までを球場を分けて4日間程で行い、準々決勝からは甲子園を使うという事でどうだろうか。そうすれば、日程的にも余裕が出来、連戦を回避する事が出来るし、全体の大会日程が短くなるので、選手や家族の負担も劇的に減るだろう。

試合放送については、地元はもちろんライブ放映。他の試合は地上波やBSを駆使してライブ&録画で全試合放映すればいい。

Chapter.5
きっと、高校野球ファン特に甲子園ファンの方からは猛反対されると思う。でも、主役である選手に負担を掛けすぎる事で、大切な目を潰してはいけない。もし、あのとき松坂が肩を壊していたら、その損失は計り知れない。そしてその責任は誰がとったのだろうか。無理な大会日程で試合をさせた高野連? 酷使した監督? 答えは松坂自身という事にしかならない。

実は甲子園は、多くの選手(特に投手)を潰していると僕は思っている。それほどに、魔力があり、魅力があり、選手に無理な力を出させてしまう。

大学・社会人・プロからメジャー、そしてWBCへ。野球選手の夢は大きく広がっている。高校時代は一つの通過点でしかない。通過点の大会を人生の頂点であるように錯覚をさせてはいけない。

コラッ! 高野連!!

人気にアグラをかかずに、改革を考えろ。
未来ある選手達のために。    

もと野球少年より


コラッ!ム その2 「辰吉丈一郎」

辰吉丈一郎が3月8日にタイでのノンタイトル戦に負けたという記事を新聞で見た。38才の辰吉が、まだ現役を続けている。タイに渡ったこと、昨年一度戦って勝ったことは知っていたが、3度世界を獲った男が老体にむち打ってノンタイトルを戦い続けている。

僕は、子どものころからスポーツ、特に格闘技のテレビ観戦が大好きだった。相撲・キックボクシング・ローラーゲーム・・・、そんな中でもボクシングは最高!、世界タイトル戦の中継日は、学校でも勉強そっちのけで試合の流れの予想をしていた。

ボクシングの記憶は小学校低学年から始まるのだが、小林弘、西城正三に始まり、輪島功一やガッツ石松など個性的な選手が活躍する日本ボクシング界の黄金時代と僕の小中学校時代がピッタリ重なる感じだ。中でも大場政夫は特別中の特別、もう好きを通り越していた。世界チャンピオンのまま交通事故で死んでしまった大場。そのニュースを知ったときの衝撃は今もハッキリ覚えている。あれから36年が過ぎた今でも、ボクシング史上最高のチャンピオンは大場だと思っている。

高校でテレビの無い下宿生活を送ったことが影響してか、また強く個性的な選手がいなくなってしまったからか、その後しばらく僕を夢中にさせるボクサーは出てこなかった。でも、一人だけ大人になった僕が好きになったボクサーがいる。それが辰吉丈一郎だ。

辰吉は本当に天才だ(だった?)と思う。パンチ力、スピード、ウイット、また努力することにおいても、卓越した才能を持っている選手だ。しかし、辰吉は同時にボクシング選手として有ってはならないハンデも持ち合わせてしまっていた。

辰吉は3度世界チャンピオンになっている(2度返り咲いている)のだが、その1度目の段階で、既に左目に支障をきたしていた。2度目の王座になった直後には、それが網膜剥離であるとハッキリ診断を下されている。「網膜剥離」はボクサーにとっては致命傷、当時の規定では「即引退」。

しかし、そこは興行ビジネス。あまりの人気もあってか、紆余曲折を経て現役を続けることになる。そして、その後も負けて勝ってを繰り返し、3度チャンピオンになって、デビュー戦から20年目を迎える今も、体に爆弾を抱えながら異国で現役を続けている。

では、辰吉は何故38才の今も現役を続けているのだろう? これだけの名声を得た選手で有りながら何故?

答えは、1994年の薬師寺保栄との世界統一選にあると思う。

日本中(いや世界中)が辰吉の勝利を疑わなかったこの試合であったが、結果は判定で薬師寺。体調その他色々な要因があったのだろうが、この試合の薬師寺は強かった。ベストと言える試合だったと記憶している。

この試合の後、辰吉の引退を予想した芸能界から強烈なラブコールがあった。赤井英和が成功するのであれば辰吉はそれ以上、石松や輪島とはそもそもセンスが違う。まして若者たちにはカリスマ的な人気者。

しかし辰吉は、コメディアンのような使われ方を頑なに拒否、結局現役続行となり、2年後に3度目の世界王座を掴む。

さらにその後防衛3戦目で破れ、その再戦でも負けた29才の辰吉。誰の目から見ても、今度こそ芸能界デビューは確実に写った。もちろん破格の待遇が用意されていたはずだ。僕も、目の悪化が見て取れたし、ここまで続けていたことが驚異的であったので、芸能界という新たなステージに進む方が彼の才能を生かす上で相応しいだろうと思っていた。

しかし、辰吉は結局完全には引退しなかった。ボクシング協会からの再三の引退勧告も無視して、ブランクを開けながら、今もボクシングを続けている。

今回のタイでの試合の記事を読んでいて、ある試合を思い出した。

今から39年前、あの小林と西城が世界チャンピオン同士で戦ったノンタイトル戦があった。当時10才の僕は、なぜ階級の違う世界チャンピオン同士が戦うのか(この試合でのウェイトはもちろん合わせていたはずだが)?、これはあくまでも調整でエキジビション的な試合だと予想をしていた。だが実際は、全くの真剣勝負、プライドのぶつかった好試合だったと記憶している。結果はウェイトが上の小林が勝利。

その後、二人はほぼ同時に防衛に失敗するのだが、その後の進路は全く異なった。小林は後進の指導に当たるが、西城はあろう事かキックボクシングに転身、確か20戦程試合を行ったと思う。

西城は小林の影を追いかけていた・・・。

世界王者を5度も防衛した偉大な選手ではあっても、「小林に負けた西城」といわれる屈辱。でも、もう一度戦いたい小林は既に引退している。当時キックへ行った西城を僕は理解できなかったが、この暴挙の理由も今はわかる気がする。小林戦の呪縛。

世界を3度獲った辰吉も、薬師寺に負けた辰吉と呼ばれることの屈辱感から逃れることができないのではないか。早々に引退し、テレビやVシネマでそこそこ活躍している薬師寺。その姿を見るたびに、その噂を聞くたびに、そして日本人同士だけに、天才としてのプライドが許さない。

もし辰吉がもう一度薬師寺と対戦できていれば、その試合に勝っても負けても辰吉は引退の道を選んだのではないだろうか。勝てばプライドを満たすことができ、負ければ自分の才能の無さを得心できた。

日経の報道によると、タイ側にといっては辰吉は金のなる木、今後もマッチが組まれる予定だという。

コラッ! 辰吉丈一郎!

愛すべき大バカやろう。君には、もう何を言っても無駄なのだろうな。
でも、あえて言わせてもらう。
君は強かった、それはみんなが知っている。
無理はするなよ。

23才で天に昇った史上最高のチャンピオン大場政夫と、38才で現役天才辰吉丈一郎。
ボクシングは切ない。


コラッ!ム その1 「都道府県男子駅伝」

1月18日に開催された「第14回都道府県男子駅伝」、ご覧になった方も多いでしょう。愛する我が福井県は、過去最高成績の16位!!!。強化策が実を結びつつあると、関係各位は喜んでおられるようです。私も、大変嬉しく思っておりま〜す。

しか〜し、皆さん、ちょっとおかしい・・・、と思いませんでしたか?

コラッ! 日本陸連!

全国規模の大会で、しかも高校生指定の区間が3つもある、このビッグイベントを、センター試験当日にやっていいのか〜!!!

問題点は2つ。

まず、何故文部科学省は猛烈に抗議をしないのか?
高校3年生で長距離の早い選手は、どうせ推選で大学に行くんだから、別にいいんじゃねぇ・・・ぐらいのノリで、安易に考えているのか!!!。

それと、広島市民(特に受験生やその保護者の方)は、受験地へのアクセスに関して、不利があるかもしれないと抗議しないの?

長距離系で才能のある若者たちが、出場を夢見る大会なのだから、大会開催者もその責任に応じた対応をするべきであると思います。

東大の箱根駅伝出場も遠い訳ですね。

管理者 水上大哉
グラン師匠&助手ジュッテ
    

3名の執筆陣 
  CFP(R)認定者 水上大哉
 犬好き・パン好き かよさん
 大阪生まれ かなえちゃん

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